プラハのユダヤ街はJOSEFOVとしても知られている。皇帝Josef IIからその名をとり、プラハの全ユダヤゲットーの跡もここにある。第二次世界大戦中、多くのユダヤ人が死亡したり、共産党政府によって追放されたりした。しかし今でもプラハには五千人から六千人のユダヤ人が住んでいる。 この周辺と切り離せないのがカフカ (1883 – 1924) とJehuda Ben Bezalel の創作した伝説の小人ゴーレムである。BezalelはRabi Löwとしても知られ、近くのStarý zidovský hrbitov (古いユダヤ人墓地)に葬られている。有名なRabbi Loew(1609年没)はプラハの 長老ラビであり学者でもあった。彼の墓石のひび割れには、今でも訪問者の願い事を書いた紙きれがはさまれている。 ユダヤ街の歴史は13世紀までさかのぼることができる。現在の様相となったのは1893-1913年に行われた再開発によってである。重要な建物の多くは解体されたが、今日残っている建物はヨーロッパでも特に重要なユダヤ人の歴史を示す建物である。旧集落にはシナゴーグが6軒残っている。またユダヤ人のタウンホール、ユダヤ人墓地もある。新旧シナゴーグはユダヤ博物館の一部となっている。